人生のタスク。受けた恩を次の世代へと回すループに加わった人の役割。

お世話になった人が亡くなるのは悲しいね。ふとした瞬間に「あ、これはあの人に相談しよう」と思うと同時に「あ、亡くなったんだ」と。この言葉にしにくい感覚が辛い。

人生の中でキーマンになる人って、誰にも居ると思う。ある種の「ターニングポイント」に出会う人。

ターニングポイントで出会ったから、その人を忘れられ無いのか、その人に出会ったからターニングポイントになるのかは分からないね。

札幌で出会った玉木さんは、若手のチャレンジャーを応援してくれる人だった。経済的に有り余る感じでは無いと思うけれど、面白がっていろんな人を巻き込んで、今でいうシェアオフィスを作ったり、飯を奢ってくれたり。パソコンやカメラなどの機材もシェアオフィスで使える様に揃えてくれた。

「なんでそこまでしてくれるんですか?」と聞いたことがある。

玉木さんにもそういう立場の人が居たらしい。社会に対して右も左もわからずに彷徨う年代、それでも無駄に反発したり頑固になったり、知らないからこその怖いもの知らず。そんな時に面白がって応援してくれた人がいたらしい。

玉木さんもその人に同じことを聞いたら、その人も同じことがあったのだと。そうグルグル巡っている状況だったんだよね。

そこそこの立場になった時、玉木さんはその人に「どうやって恩返しをすれば良いのか?」と聞いたらしい、すると「お前は俺の世話になった人間。お前が俺に恩返しなど烏滸がましい。代わりに、お前が面白いと思った人間を同じように応援すりゃ良い。それしかお前にはできない」と。

結局、玉木さんに何も返せないまま。僕が東京に戻って2年くらいで訃報を聞いた。
恩を返せるとは思わないけれど、でかい人でした。いや本当デカイよ。

40歳も近くなると、亡くなる知り合いも増える。いろいろ残念なのだけど、大切なのは色々なループを閉ざさないこと。まだまだ何も出来てないし、無力を感じることは多いけれど、それでも何かしらそういう形で返さねばと思うのですよ。

これは結構大変なタスクなのですわ。

廃棄を前提としないモノの選び方、付き合い方

FRPは無機物と有機物が複雑に混合された素材です。
ここで言うFRPとは、ガラス繊維を含んだ強化プラスチックのことです。廃棄処理が困難な素材の例として挙げてみました。大学生時代にメイン素材として扱っていたので、個人的に馴染みの深い素材です。

良く聞く言葉の中に、プラスチックって環境に悪いでしょ?ということ。
確かに、廃棄するにあたっては、その方法を誤ると環境に悪い状況になってしまいます。

全ての物事には、正しい扱い方というのがあって、その通りにすれば結果的に悪い方向へは行かない事が多いのではないでしょうか?
ただ、マイナス面、悪い部分に関しては、マスメディアは興味を持つ要素が強く、実際そちらの方が多く出回る事になっています。残念ながら、プラスチックはマイナスの情報が多い素材の一つだと思っています。

本題。確かに形あるものはいつか壊れる事になる。とはいえ、捨てることを前提にモノを考え過ぎるのも少し悲しいかなと思うのです。長く使う、長く引き継ぐ、そういうことが可能なモノであれば、どうだろう。
祖父が使っていた家具を受け継ぐ。祖母の祖母が使っていたカバンを引き継ぐ。そういうストーリーのあるモノが、身の回りにどれだけあるでしょうか。

今の世の中、自分一代であっても、長く使うことが難しいモノが回りに溢れている様に思えます。今だけ必要だから。そういう考え方を少し変えて、視点を「長く使うにはどれが良い?」と持ってくると、使う以上に様々なワクワク感が追加されたりします。また、それぞれの口を聞かぬモノ達にストーリーが加わり、眺めるだけで一晩明かせる時間を持つことが出来たりもする。

FRPは製造時に気を使いつつ、扱いさえしっかりとすれば、長持ちする素材の一つです。
モノはストーリーを持つと格段に魅力を増します。そんなモノを一つでも身の回りに置いてみたい。僕はそう思います。


2015/07/18:追記
FRPにそこまで思い入れが無い今ではあるけど、モノへの愛着や接し方はあまり変わらないでいつつもり。だけれども家電関連になると、やはり5年が限界かな?と思ったりもしている。はたしてコレは正しいモノとの付き合い方なのだろうか?
素材云々ではなく、持続可能でないモノが生活の中心部にある今は、なんて息苦しいのだろう?と考える人も分からなくはない。